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東京地方裁判所 平成6年(ワ)4724号 判決

原告

山迪

被告

酒井清一

主文

一  被告は、原告に対し、金三二万八三七三円及びこれに対する平成三年二月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その七を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金一一九万四〇二五円及びこれに対する平成三年二月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、交差点を右折しようとした自動車の運転者(原告)が、対向車線を直進してきて自車と衝突した自動車の運転者(被告)に対し、民法七〇九条に基づき、自己の被つた車両修理費等の物的損害の賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等

平成三年二月二四日午前六時五〇分ころ、東京都新宿区中落合一丁目四番一三号の信号機の設置されている交差点(以下「本件交差点」という。)において、新目白通りを練馬方面から明治通り方面に向かつて進行し、中井駅方面へ右折しようとした原告の運転する普通乗用自動車(練馬五三て七四七五号、以下「原告車」という。)と、対向車線を直進してきた被告の運転する普通乗用自動車(練馬五二と二八六八号、以下「被告車」という。)が衝突した(以下「本件事故」という。)。原告車の時価は、本件事故当時、一三二万円であつた。(争いのない事実、甲六、乙二ないし四)

二  争点

本件の争点は、原告と被告の過失割合(過失相殺)及び原告車の損害額であり、当事者双方の主張は以下のとおりである。

1  原告と被告の過失割合(過失相殺)

(一) 原告

直進車両である被告車は、右折車両である原告車に対し優先権があるとしても、本件事故は、被告の制限速度時速五〇キロメートルを越える時速一〇〇キロメートル近くを出していた速度違反、前方注視義務違反、衝突回避義務違反及び安全運転義務違反の過失により生じたものであるから、原告、被告間の過失割合は、原告三割、被告七割とするのが妥当である。

(二) 被告

交差点における右折車両と直進車両との関係では直進車両が優先するから、直進車両が存在する場合、右折車両はその通過を待つて右折すべきである。ところが、原告は、右折が可能であると安易に判断し、被告車の直前で右折を開始したことにより本件事故を発生させたものであり、原告、被告間の過失割合は、原告七割、被告三割である。

2  原告車の損害

(一) 原告

(1) 修理費 六八万四一一〇円

工賃四九万七二三〇円及び部品代一八万六八八〇円の合計である。

(2) 売却損 七八万円

原告車は、修理によつても完全な復元が困難であつたから、原告はやむなく関東マツダに五四万円で売却せざるをえなかつた。原告車の本件事故当時の時価は一三二万円であつたから、右差額七八万円が売却損である。

(3) 代替諸経費 二四万一六四〇円

原告が代替車として購入した車の消費税一二万七六七〇円、登録手数料二六六〇円、車庫証明取得費用二〇〇〇円及び取得税一〇万九三一〇円の合計である。

(二) 被告

原告車の修理費は、四九万七二三〇円で足りる。原告車は全損ではなく、その修理は可能な状態であつたから、売却損及び代替諸経費は本件事故と相当因果関係がない。

第三争点に対する判断

一  原告と被告の過失割合(過失相殺)

1  証拠(甲六、乙二ないし四)によれば、次の事実が認められ、これに反する甲六号証の原告供述部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

本件交差点付近の道路状況は、新目白通りが片側三車線の道路であり、平坦でアスフアルト舗装されており、制限速度が時速五〇キロメートルに規制されている。原告車及び被告車の進行方向から前方の見通しは良かつた。本件事故当時は、早朝のため交通閑散であり、また、路面状況は乾燥しており、天候は晴れであつた。

原告車は、新目白通りを練馬方面から進行し、対向車の通過待ちのため、別紙現場見取図(以下「本件現場見取図」という。)記載〈1〉の地点に停止した。右停止位置からの見通し距離は、前方約一〇〇メートルであつた。原告は、右折を開始する前に対向の第二、第三車線を二台の黒い乗用車(以下「本件先行車」という。)が走行してきたため、右〈1〉の地点で本件先行車をやり過ごした。その後、原告は、右折を開始し、右〈1〉の地点より少し前方の地点まで進行したところ、約七〇メートル前方の本件現場見取図記載〈ア〉の地点を走行してきた被告車を発見したが、被告車が来る前に安全に右折を終えることができると判断し、そのまま右折を継続した。その際、原告は、被告車には後続車両がないことを認識していた。他方、被告は、原告車が右〈1〉の地点に停止しているのを約九〇メートル手前の位置で認めたが、原告車が停止していたため、第三車線から若干第二車線寄りに位置を変えつつ時速七〇ないし八〇キロメートルの速度で進行した。被告は、本件現場見取図記載〈×〉地点の手前約三〇メートルの位置において、右折を開始していた原告車が前方約三一メートルの地点にいるのに気づいたが、ハンドルを転把してかわすことができなかつたため、急ブレーキを踏んだものの間に合わず、右〈×〉の地点で原告車の左側後部に被告車の左前部が衝突した。衝突時の双方車両の対面信号は、いずれも青であつた。本件事故現場には、被告車によつて印象された二二・八〇メートル及び一八・八〇メートルにわたる二条のスリツプ痕が残されていた。

本件事故後、原告は、事故現場に臨場した警察官に対し、被告車を最初に発見した位置について東京トヨペツトの前辺りであるなどと指示し、これに従つて右警察官は実況見分調書(乙二)を作成した。

2  前記争いのない事実等及び右認定事実によれば、原告は、前記〈1〉の地点で本件先行車とすれ違つた後、交差点の中央で一時停止することなく右折を開始したところ、約七〇メートル前方に被告車を認め、かつ、被告車の後続車がないことを認識しながら、安全に被告車の前方を右折し終えることができると判断して、右折を継続したため、前記〈×〉の地点で原告車の左後部と対向車線を直進してきた被告車の左前部が衝突したというのである。そうすると、直進車両と右折車両の関係では直進車両が優先するとされており、右折車両の運転者は、右折するに際し、直進してくる対向車両の速度等その動静を十分に確認し、その進行を妨げてはならない注意義務があるにもかかわらず、原告は、これを怠り、被告車の前方を安全に右折できると軽信して漫然右折を継続したのであつて、原告の右過失が本件事故の原因の主たるものであるというべきである。他方、被告は、本件事故現場付近の制限速度が時速五〇キロメートルと定められているにもかかわらず、時速約七〇ないし八〇キロメートルで進行してきたのであり、また、約九〇メートル前方で右折をしようとした原告車を発見しながら、同車の約三一メートル手前に至るまで何らの措置も採らなかつたのであつて、前方の注視に欠けるところがあると指摘されても止むを得ないというべきであり(もつとも、この点、被告にとつて、先行車両をやり過ごすために停止していた原告車が、交通閑散であつたにもかかわらず、自車の前方を右折してくることまで予見することは困難であつたことも指摘されるべきである。)、被告の右速度違反ないしは過失も本件事故の原因となつていることは明らかである。そして、右両者の過失の程度及び基本的な優先関係を総合すると、原告と被告との過失割合は、前者が六割、後者が四割であると認めるのが相当である。

これに対し、原告は、本件事故の主たる原因が、被告の、制限速度である時速五〇キロメートルを約五〇キロメートルも上回る時速一〇〇キロメートル近くを出していた速度違反、前方注視義務違反、衝突回避義務違反及び安全運転義務違反の過失にあると主張するが、被告車の速度が時速八〇キロメートルを超えて右速度に至つていたことを認めるに足りる証拠はない。却つて、直進車両と右折車両との関係では直進車両に優先権があるから、右折車両の運転者である原告が主として交差点内における安全運転義務を負うべきであるし、原告は、被告車の後続車両がないのを認識していたのであるから、被告車をやり過ごしてから右折を開始することも可能であつたというべきである。これらの点に過失相殺に関する前判示の諸点を総合すると、本件事故の主たる原因が被告の過失にあるとの原告の右主張は、採用することができない。

二  原告車の損害

1  前記争いのない事実等及び証拠(甲一ないし六、乙一)によれば、原告車は、本件事故により、右クオーターパネル及びトランクパネル凹損、リヤバンパー曲損等の損傷を受けたこと、右損傷は修理を要するものであつたこと、原告は、株式会社とらの門から一八万六八八〇円で部品を購入したうえ、右部品を用いて有限会社正和自動車に原告車の修理をさせ、その費用として四九万七二三〇円を支払つたこと、原告車の本件事故当時の時価は一三二万円であつたことが認められる。右各事実に照らすと、原告車は、現に修理がなされている以上、物理的に修理が不可能だつたとはいえず、修理のために要した部品代及び工賃が本件事故当時の時価を超えるものではない以上、経済的に修理が不可能だつたともいえず、また、原告車の損傷の部位、程度等からして車両の本質的部分に重大な損傷が生じたともいえないのであつて、結局、原告車の修理は可能であつたというべきである。

これに対し、原告は、原告車の修理は不可能であり、東京トヨペツトの下取り価格は五万円、マツダの下取り価格は二五万円、スクラツプ代は五万円であつた旨供述しているが(甲六)、原告は、原告車がモノコツクボデイであることを理由に修理が不可能と認識しているに過ぎず(甲六)、右各認定事実に照らすと、原告車の修理が不可能であつたということはできない。

また、以上により、修理に要した部品代一八万六八八〇円及び工賃四九万七二三〇円の合計六八万四一一〇円が、修理費として認められる。

2  原告の主張する売却損は、修理後もなお価格の減少があるとする、いわゆる評価損を指すものと解されるところ、前記争いのない事実等及び証拠(甲五、六)によれば、原告車は平成元年一〇月ころ発売のマツダルーチエであり、本件事故当時、原告車の時価は一三二万円であつたこと、原告は、前認定の費用を出捐して原告車を修理した後これを関東マツダに五四万円で売却したことが認められる。そうすると、右修理にもかかわらず、原告車の価値が相当減少したことは明らかであり、右売却価格に原告が毎日原告車に乗つており、本件事故当時の原告車の走行距離は相当程度に達していたこと(甲六)も勘案すると、原告車の本件事故による評価損は、修理費の二〇パーセントである一三万六八二二円とするのが相当である。

3  前記のとおり、原告車の修理は可能であつたと認められる以上、修理不能を前提とする車両買替費に付随する代替諸経費は、本件事故とは相当因果関係がない。

三  過失相殺後の損害額

過失相殺後の原告の損害額は、前記1及び2の合計である八二万〇九三二円の四割である三二万八三七三円となる。

四  以上によれば、原告の本件請求は、三二万八三七三円及びこれに対する本件事故の日である平成三年二月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右の限度でこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 南敏文 竹内純一 波多江久美子)

現場見取図

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